惜しかった作品

 コピペします。読んでやってください。


「最初と最後の花束」

街に、五輪真弓さんの「恋人よ」が流れていた年の二月、婚約していた彼女の誕生日にデパートから二十七本のバラの花束を贈った。
「大好きです」とメッセージを添えた。
彼女が独身最後の思い出に「夢だったんです」と欲しがったのだ。
貧乏だった私には、それが精一杯のプレゼントだった。
飛び上がって喜んでいたと、後に義母が教えてくれた。
その後、一度も歳の数のバラは贈ってやれなく、いつも十本だけ。
決して豊かではなかったが仲のいい夫婦生活が続き、一昨年秋には、三十七回目の結婚記念日を迎えた。
すでにガン宣告を受けていた妻は何度も手術を受けていたが、その日がまさか最後の記念日になると思わず、私はいつものように十本の深紅のバラの花束をプレゼントした。
花束を前に、初孫を抱いた妻は嬉しそうだった。
数日後、バラをドライフラワーにした直後、腹痛がひどくなった妻は緊急入院して六度目の手術を受けたが、想像以上にガンは広がっていて、先生からは深刻な状態だと告げられた。
もう年末になっていた。
だが妻は「もうすぐ誕生日が来るね。最後にやっぱりバラの花がほしいな」と言う。
最後の誕生日になることを察していたのだ。
そんなことはない、という言葉を飲み込んで、夫婦になって一度も歳の数の花を贈ったことがないと謝ると「そんなのいいよ、もったいないから」と笑った。
誕生日は二月の節分の日だった。
玄関に花束を飾り、豆まきを楽しんで恵方巻にかぶりつく。
妻の誕生日の恒例の行事だった。何とか誕生日には歳の数のバラを抱かせたい。
正月には一時帰宅もできた。孫を抱いて祝い酒にも口をつけた妻が病院に帰ってから、私は妻のベッド脇に泊まり込んだ。
二週間後、泣きじゃくる娘たちに囲まれ、妻は急ぎ足で旅立ってしまった。
あの十月の結婚記念日に、苦労ばかりかけた妻に、どうして夢を叶えてやらなかったのか悔やんだ。誕生日まではあと半月だった。
私は子供たちに提案した。
少し早い誕生日のプレゼントをしよう、好きだったバラを抱かせて送り出そうと。
知人が六十五本の深紅のバラを通夜の席に間に合わせてくれた。
結婚するときと天国に旅立つとき。最初と最後は歳の数だけプレゼントできた。
喜んでくれただろうか。
葬儀社は、バラを切って顔の周囲に埋めようとしたが、私が制して花束のままで「お母さん、誕生日おめでとう」と言いながら抱かせてやった。
ずっしりとした量感は六十五年の人生の重さだ。
「重いで!」笑顔でそう言ってる気がしたが、重いで!は妻であり母である彼女の「想い出」という宝物そのものだ。
花束に家族それぞれのメッセージを入れた。
私のメッセージは当然、「向こうでも結婚して下さい」とプロポーズの言葉だ。
返事は再会した時に聞く。

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コメント

素敵なご夫婦ですね。ホロリとしましたよ。私は1本の花も夫から贈られたことがありません。夫が大切に育てている花が咲くと、私が気付いてないと思い、咲いたで!と報告します。

Re: タイトルなし

元気でいてくれることが何よりのプレゼントです。
死んでしまえば、何をしてもむなしいのです。(´;ω;`)ウッ…
どうか仲良く。(^^♪

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Re: タイトルなし

> こんばんは。
>
> 訪問いただきありがとうございました。
> 胸に詰まる思いがします。
> 別れは辛いものですね。
>
> お気持ち十分に伝わります。
> 悲しいことですが奥様は幸せだったと思います。
>
> 穂高さんだけが辛い思いをしているわけではありません。
> 何も言わなくても同じような思いの人はたくさんいます。
> 残されたものが元気で笑顔で暮らすことが亡くなった人への供養になると言われました。

ありがとうございます。
幸せだったと思ってやらないといけないと思っています。
僕もいま、不幸から立ち直りつつあります。
健康ですから幸せですよね。(^^♪

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