「夫婦の手紙」

2019年秋
熊本県菊池市・第15回いい夫婦の手紙・絵手紙コンクールで、優秀賞を頂いた400字の手紙文です。

エッセイではありません。
この頃は、日本で公開募集されている全ての短文系公募に応募していました。
手紙文でも、エッセイでも。
妻への思いを書きまくっていました。
「天国の妻よ、読んでくれ」
そんな気持ちでした。



「お母さんへ」

ガンと闘って5度の手術に耐えてくれた僕の奥さん。
逝ったあと、枕の下のガラケーに残していた未送信メールを、娘が見つけて僕に送信してくれたよ。
照れ屋のお母さんらしいな。
「長い結婚生活、しんどいことの方が多かったけど今は幸せですよ」
たったこれだけの短い僕宛てのメール。
大泣きしたよ。苦労かけたもんな。
授かった子供を背中に背負って仕事に家事にと、頑張ってくれたお母さん。
しかもあの最期の日は、なんと僕の誕生日だったね。
「この日なら忘れへんやろ、お父さん」
と意識のないまま3日も頑張ってくれたお母さん。
人生の最期まで尽くしてくれてありがとう。
僕は、
「最高の奥さんだったよ。向こうでもまた結婚して下さい」
と、天国行きのバスに先に乗ったお母さんに返信メールしたよ。
返事は会った時の楽しみにする。
そして今度こそ必ず幸せにすると約束するからね。



お母さん。今年も庭の花桃がきれいに咲いたよ。
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(穂高)

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なんの愁いもなかったあの日

いつものように左足のウイルソンの靴先をベースラインに30度に置く。

少し膝を曲げながら、左手でレモンイエローのボールを頭の上、やや右前方の空へトス。

群青の空。

トマトのような真っ赤な太陽は、右後ろから照り付けている。

夏のサイパン。

日航ホテルのテニスコート。

二人だけ。

暑い。

頬を汗が流れる。


頂点から斜め前に落ち始めようとするボールの右側を、こするように打つ。

遠慮なく打っていいと言うので、自分では最も得意なスライスサーブ。

コーナーに向かって飛んでいく。

ミルキーホワイトのTシャツ姿の彼女が、僕の打ったサーブに対してスクエアに体を入れる。

左足を踏ん張り、左手を大きく前に出して右手のラケットを素早く引き、体の中心の軸をしっかり作る。

妻のその瞬間のフォームが好きだった。

小さな体に意志の強さが。


パーンと乾いた音。

スイートスポットで見事にはじき返されたボールが、僕の足元近くまで飛んできて、ピーマングリーンのコートでバウンドした。

深い!

ライジングで返そうと思って、姿勢を低くしてラケットを引いて


構えた。


眼が覚めた。

頬を流れているのは汗ではなかった。



涙だった。




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(穂高)

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エッセイ作品⑯ 「天国行きのバスで」

2019年10月11日。
妻が天国に逝った半年後。
産経新聞 朝晴れエッセーに掲載された、妻に捧げる僕の作品です。



「天国行のバスで」

目の前をゆっくり曲がる路線バスをふと見ると、窓際の乗客の後ろ姿が妻そっくりで心臓の鼓動が早くなった。
妻もまだ、バスに乗っているかもしれないがこれではないはずだ。
かつての私は何もかも妻に甘えすぎていた。
その妻がガンの手術を繰り返していた2年前、来世でも結婚してほしいと言うと「どうしようかな」と彼女は答えなかった。
ショックだったが仕方ない。
苦労ばかりかけた私が悪いのだ。
とうとう妻が逝ってしまったとき、来世で出会えたらもう一度一からやり直したいと、メッセージを込めた花束を贈った。
でも妻は素晴らしい女性だ。私が行くまでに誰かが近づくかもしれない。
そこでお寺さんにお願いして妻だけでなく私の戒名も付けていただき夫婦位牌を作った。名前を変える必要があるなら二人一緒だ。
永代供養も二人分を確保した。
これでとりあえず夫婦のままだ。死亡届は出したが離婚届は出していないのだから。
妻が冷凍していた刻みネギの中に繋がったものを見つけた時は、不意に涙が出た。
妻はまだ家族なんだ。
いつものように「こんなのがあった」と笑っている顔が浮かぶ。
私たちは同じバスで人生を旅していたのに、病気で旅を続けられなくなった妻は、神仏の計らいで天国行きの乗り心地のいいリムジンバスに乗り換えただけだ。
やがて私も後から追いかける。
いや、もういつ乗り換えてもいいが、
問題はこれだけ業の深い自分が、果たして天国行きのバスに乗れるかどうかだけだ。


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熱々のカレーうどん No.1

先日、雨の中を京都・東山の永観堂へ娘と行きました。
いつものお墓参りです。
平日なのに、行きも帰りも高速がすごい渋滞でした。
その原因は事故!
行きに3件、帰りも3件の事故処理を目撃しました。
人生最多です。

そんなことで、久しぶりに楽しみにしていた永観堂近くの、いつものカレーうどんを、開店直後に食べる予定が大変遅くなってしまいましたが、なんとか食べられました。
というのも、いつもすごい行列なんです。

アセット-9-1-1700x1072

(画像はお借りしました)

特に今回は西洋人、中国人、韓国人、ベトナム人。。。
もう嫌になります。はっきり言って。
こんなところにまで。。。
でも、1,100円のカレーうどんはいつもながら美味でした。

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僕は、カレーうどんと小ライス。
ツウの注文です。(笑)
カレー出汁をライスにかけて、カレー料理を二つ楽しむんです。
そんな中、前後して入った欧米の若いカップル。
カレーうどんを頼んだ女性は、スルスル(ズルズルではない)と食べ始めましたが、
男性は、箸が進みません。
どうやら、普通のきつねうどんか何かを頼んだようです。
娘が「そら欧米人には、たべられへんやろ」と呟きましたが、1本づつ箸で口に運び、関西の薄い出汁と味のないうどんを持て余していました。
ラーメンなら、あるいは真っ黒で醬油辛い出汁の東京のうどんなら、彼も食べられたでしょうが。
甘くて薄味出汁の京や讃岐のうどんは無理でしょう。

「言わんこっちゃない」
娘が呟きました。
女性のほうは彼氏を無視してどんどん食べます。
女性は来たことがあるようですが、男性はうどんそのものが初体験だったのでしょう。

やがて見ていると、男性はテーブル横の醤油を持ち、ドバーッと入れたではありませんか!

さすがに、僕たちも味の想像がつきません。
ここは、言い方を変えるとカレーうどん専門店です。
それ以外を注文するからです。
僕たちは食べ終わって出ましたが、相変わらずうどんと格闘していた兄ちゃんが可哀そうでした。



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(穂高)

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またしても川柳で!

昨日の朝、寝ぼけ眼で川柳コンテストの結果が出ているサイトを覗きました。
一昨日はチェーンストア川柳が発表になりましたが、最終選考に残っているとすでに連絡を受けていましたので、生意気ですが「ほう、銀賞か」という驚きで、金賞にならなかった悔しさが出ていた日でした。
しかし、昨日は全くノーマークで「福岡空港川柳コンテスト2024」というコンテストの結果ページを見て、腰を抜かしそうになりました。
A、WAWAWA状態、、、、でした。

川柳で旅気分 福岡空港川柳コンテスト2024 結果発表!

何と、僕の作品と筆名が晴れがましく出ていて、それも「グランプリ」となっているではあ~~りませんか!
全く事前の確認も予告もなく、いきなりの発表と言う珍しいパターンです。
でも、応募総数1,417句の中で、No1だと言われ、とっても嬉しくなりました。

「さあ行こう あの日の約束 果たすため」

素晴らしい選評を付けて頂いた、この句です!

賞品は??賞金は??
せこくていやらしい、このジジイはそれを探しまくりましたが、どこにも書いていません。
もしかして、世界1周旅行、、、いやそんなことはないわな。
大阪1周でもいい、パレード付きなら町内1周でもがまんする!
物欲と名誉欲を道連れに、妄想を膨らませて午前中を過ごしました。

数年前には、関空のハワイ川柳で2位になってハワイアン航空のダイキャストのモデルを頂き(1位はハワイ旅行でした)、成田空港のエコ川柳では BALMUDA の扇風機をいただきました。
空港には強いんです。笑
そんな、2日連続で嬉しい出来事のあった日でした。
ずっとニヤニヤしています。笑
盲導犬たちに喜んでもらえそうです。


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(穂高)

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川柳入選!

国内のチェーンストア協会加盟53社が主催する「チェーンストアお買い物川柳」。
川柳コンテストの中で、高額賞金で有名なコンテストです。

金賞10万円・10名、銀賞3万円・30名,銅賞1万円・60名という大量入選です!
そのために毎回、膨大な数の応募があります。
今回はなんと、58,000句が集まったそうです。
審査の方も大変ですね。

そして、この穂高は、賞金3万円の銀賞をゲットしました!

節約を 誓ったはずが 旬に負け【大阪府・紫雲山】

川柳は17文字の勝負。エッセイは400~2000字。
川柳はやめられません。

これが僕の句です!
58,000句の中のベスト40に入ったのですから、とっても喜んでいます。
最終選考に残っているとメールか来たのは半月前でした。

川柳は今年に入って3ケ月で2句目の入選です。
エッセイは3作品。
好調な年のようです。

これで小暮さん、盲導犬訓練センターの所長さんと交わした約束が守れます。
詳しくは23.11.24の記事23.11.26のこちらの記事をお読みください。



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(穂高)

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作り話です。

近所のAおばさん(お婆ちゃん)は、僕より2,3歳下です。
有名な「移動放送局」で、喋り好きです。
ご主人はかなり前に亡くなり、娘さんは遠くに嫁ぎ、今は独り住まいです。
そしてこの人につかまると際限なくしゃべり倒します。
週に1度くらいは僕もつかまります。
「ツカミ」が何であろうと、結局は自分のことを際限なくしゃべりだします。

「コロナは怖い」
先日は、これだけの僕の「振り」で、
病気→お父ちゃんの死因→病院の不親切→娘も怒ってる→娘の婿は理系→パソコンやスマホに強い→車にも強い→ガレージに一発で入れる→遺伝で孫も算数が強い→私は田舎に山を持っている→確定御申告が大変→税金をいっぱい払ってる。ドヤ!

こんな自慢話を延々とされました。
自慢を聞いてほしい(どこを切り取ってもい自慢話です)→誰でもいいからしゃべりたい(私は今おカネもあるので幸せ、ただ話す相手が少ない→(いや、みんな避けている。うっとおしいから)

僕は、これもエッセイや小説のネタになるかもと思い、我慢して聞き続けました。
そして30分もしたころ、「去年、家の中でこけて救急車で運ばれたとき、もうあかんとおもた」という、
「死にかけた経験」のネタに移りました。
そこで僕は
「Aさん、そんなときのために、今のうちに大切なことをノートに書いておかないと娘さんやお婿さんが困りますよ」と言いました。
いわゆる終活を勧めました。
するとおばさんは
「そうなんよ、親戚のおばさんの命日を娘は知らんというけど、あんたそんなん覚えとかなと、叱ったんよ。うちは親戚が多いから、戒名や命日をどこかに書いとかなあかんねん」
あまりにトンチンカンなので、
「Aさん、命日も大事やけど、もっと大事な銀行のことや不動産の権利書、ハンコのありかなんかをきちんと娘さんたちにおしえとかんと」と言うと、おばさんは
「でも、そんなことは教えたらあかんとお父ちゃんが言うてたから、言うてないわ」と言います。

「他人やのうて子供にはきちんと教えとかな」と僕。
「何を教えるん?」
「大事な書類の隠し場所やパスワード。僕は一覧表を作って、何かあったらこうやからと、息子に説明してありますよ」
「そうやね、確かにお父ちゃんの携帯を解約するときなんか大変やった」
「特に、最近はパスワードは桁数が多くなって、設定しても覚えきれない。だからメモにでも書いておいてやらないと」


「そやね、私がわかってても子供らは知らんもんね。
私かてボケるかもしれんし。。今日はええこと聞いたわ!」
パスワードを書いて子供たちに教えとかな!!」

僕も長い時間を付き合って、少しは感謝してもらえたと思いました。

「じゃ」と僕が背中を向けると、このババアは、、、、、
それはそうと、パスワードより暗証番号のほうが大切と違うん?
お父ちゃんが「お前の誕生日なら忘れん」と言うて、クルマのナンバーも銀行の暗証番号も、全部私の****にしてくれてん!!


このご婦人は、普段でも大声です。
僕は、この人の口にボロ布を詰め込み、火をつけて放し飼いにしたくなりました。
生きた火炎瓶です。

幸い、周辺に誰もいませんでしたが。

「あのね、パスワードでも暗証番号でも同じことですよ」
「まあ、。。。いややわ、そんなモダンな言い方、、、」

ここまでの話、、、何やったん!!

それより、道の真ん中で、自分の通帳のPW、いや暗証番号(どっちゃでもええ)を叫ぶ人が信じられませんでした。
僕は疑われたくありませんので、この話、作りごとにしておきたいと思います。
確かに口は災いの元です。

繰り返しますが、僕より2,3歳年下です。。。。



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自分を書く

ある日の新聞に「自分史を書いてみませんか」という、ある大学の先生の文章が載っていました。
新聞社主催の作文や、論文のコンテストの審査員を務めている方の言葉です。
自分史は、「過去の自分を肯定する」というところがいいのだと説きます。

様々な経験を積み重ねてきた人でも、遠い過去の小さくても辛い経験がまだ生きていて、「悶々とした感情」を持ち続けていることがあります。
僕もそうです。
それでも、冷静に、平常心で文章化すれば、小さなことでぐずぐず悩まないで済むようになると書いていました。
「心的外傷」ですね。
自分史を書くのは、その克服法でもあるそうです。

まさに僕らエッセイコンテストに投稿をしている者は、図らずも作品で「自分史」を書いているのです。
エッセイ(随筆)は自分の経験したことを題材にするのですから。
僕の作品を読んだ方は、僕の生い立ち、家族構成、学歴、職務経験、持っていた夢、苦悩、抱えたトラウマとコンプレックスを知ります。
文学としてのエッセイコンテストなら、本名、居住地すら隠しようがありません。
だから、、、、
確かに今までコンプレックスだったことが、平気で口にできるようになりました。
だってそれを書いて、読む人に評価され、同情や感動、哀れみさえもすべて感じて頂くのですから、怖いモノはなくなります。
ただ、それには他人に読んでいただくという作業と受ける評価などへの覚悟が必要です。
この先生の自分史の勧めは、そういうことだろうと思いました。

ちなみに、自分の本名をヤフー・ジャパンで検索すると、多くの記事や作品が出てきました。
これだけ、もう他人様に僕の恥ずかしい人生物語を読まれると、ごまかしようもありませんし、隠しようもない。
おかげでほぼ、無敵になりました。(笑)

でも、、まだ、一つ二つ、忘れられない嫌な思い出があります。
そのせいで、この歳になっても夜中に叫んだリ、ベッドから落ちたりします。。
妻は夢に来ません。
それだけ自分では完結した哀しみなのでしょう
でも、僕は相変わらず続く悪夢に決着をつけるためのエッセイか、小説を書こうと考えています。
もちろん実名です。
エッセイを書く人は、自分の人生物語を他人様に読まれ、評価されることを良しとして、いやむしろ自分の弱みを世間に知ってほしくて書いているのかもしれません。

ブログも、使い方ひとつでそれに近いものがあります。
よってブログに自分史を綴るのもありだと思います。
いいことも恥ずかしいことも。
何より、匿名ですから。
勇気さえ出せばいいだけです。







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エッセイ作品⑮ 「ご近所さん」

2019年4月28日、産経新聞朝刊1面の朝晴れエッセーに掲載された僕のエッセイです。
「鳥と住む街」と言うフレーズに惹かれ、この街に住み始めた僕たちでした。
作品としては、遺影になっている妻を,最後まで明かさずに書いたところが僕の工夫でした。
エッセイとは、「ツカミ」と「オチ」をエピソードで繋ぐ文学だと思っています。
この作品は、それらがうまく機能した作品だと自負しています。



「ご近所さん」

今年の春も庭の片隅で、妻の背丈ほどに抑えている桜桃の木に白い桜が咲いている。
座敷の妻によく見えるように障子を少し開けておく。
この花が落ちて葉が萌えるころには、薄緑色だった実のサクランボが真っ赤に熟れる。
それを狙って小鳥たちがやってきて、あっという間に鳥たちに丸裸にされてしまう。
そこで木に網をかぶらせた年、妻が庭で悲鳴を上げた。
「お父さん、大きい鳥が!」
見ると、両手に余るくらいの鳥が網に身体を絡ませてぐったりしている。私は全く鳥に詳しくはないが、これはモズだろうと思った。
というのも以前、この木の枝にカエルが刺さっているのを見たからだ。
「モズの早贄(はやにえ)」といい、肉食のモズは獲物のカエルなどを木に刺しておく残虐な習性を持つことは知っていた。
「かわいそうだから早く何とかしてやって」
急いで網から助け出し、ホレと空に離してやると、そそくさと飛び立った。
翌年、また網かけをしようとすると妻が「どうせ食べきれないし、鳥さんたちが喜んでくれるなら、それでいいやんか。鳥もこの町ではご近所さんよ」と笑った。
それもそうだと網は1年でやめた。
妻はこの町で育った。妻には鳥たちでさえ親しいご近所さんだったのだ。
今年もまた、ご近所さんたちの井戸端会議の声が庭に溢れ、桜桃の根元は彼らが吐き出す種でいっぱいになる。そんな風景を妻は大好きだった。
もうすぐ百か日を迎える写真の妻が、優しく庭へ微笑みかけている。




今年も丁度、開花季節。
サクランボの木にピンクの花がいっぱい咲いてくれました。


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妻のいる仏間目線です。



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街角にて・誰も知らない事件

先日、久しぶりに大阪市内へ行きました。
1週間前の大学病院でのMRI検査等の結果を聞きに行ったのです。
おかげさまで変化なしと言う結果で、また4か月長生きできました。
家内の墓参を済ませ、デパートに寄って電車バスを乗り継いで帰りました。
平日の昼間なので、終点近くまで来るとバスの乗客は僕だけでした。

「お出かけ応援パス」をもらっていますので、運賃は120円だけで、パスを「ピッ」と運転手横のリーダー(?)にかざすのですが、普段乗らないので、よく間違えては異常音が出たり、小銭を落としたり、失敗が絶えません。
前回もエラー音が出て、運転手のオヤジに「先にカードをかざして読み取らせ、そのあとに120円を入れて下さい!」と怒られました。
でもそんな順番があることは知らず、いつも無意識にやっていますので、しょっちゅうエラー音が鳴ります。
だから、迷惑にならないように他の客の後から降りるようにはしています。
そこで、今回はパスを入れたケースに、「これが先!」と自分で大書しました。

話しは戻りますが、僕と運転手だけのバスが停留所に着いて、僕は用意していたパスを自信をもって「ピッ」と読み取らせ、120円を料金箱に入れようとしました。
段取りは自信満々です。
ところが、僕のコインを握りしめた手に、どこから飛んで来たのか、折りたたんだ新聞の束が当たりました。
「バラバラ」と床に120円が散らばってしまいました。
一瞬、何がおきたのかわかりませんでしたが、「すんません!」と言いながら運ちゃんが拾い始めました。
運ちゃんが、もうすぐ終点なので新聞を読もうと準備しかけて、僕の手に当たったのかもしれません。
運ちゃんが運転席から出て、しゃがんで僕のコインを集め、新聞を拾っていると、
今度はその彼の帽子が、頭から抜け落ち、開いていたドアから車外へ転げ落ちてしまいました。
僕はしゃがんでいる運ちゃんの横をすり抜け、帽子を追いかけると、折からの強風で少し先を転がっていきます。

バス停にエンジンをかけて停まったままのバス。
ステップでしゃがんでコインを拾っている帽子のない運転手。。
転がる帽子を、もつれそうな足取りで小走りに追いかけるジサマ。。。
わけのわからない絵面でした。

「どうも、、、、ありがとうござんした」
内側に自分の名前を書いた帽子を、キリっとかぶり直した運ちゃんが操るバスは、クルマの少ない住宅街をヨタヨタと走り出しました。

誰も見ていない、街角で起こったささいな事件でした。

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「ぼく」

2年前のこの時期。
郷里の小、中学校時代の同級生女子、Yさんから手紙をいただきました。

「先日、絵本を買いました。とても絵がきれいで心に残りましたので送ります」
谷川俊太郎さんの詩を、達筆の手書きで書き写し、同封してくれていました。

350_173024.jpg

それを読んで、僕はこの絵本をすぐ買いました。
でも、この詩。
ぼくはしんだ。の衝撃な言葉から始まる自死がテーマの絵本。
とてもシンプルでとても短い言葉だけで作られた絵本です。

「ぼくは しんだ じぶんで しんだ 谷川俊太郎と死の絵本」(NHKETV特集)


「あおぞら きれいだった。ともだち すきだった」という一節があります。
僕も「ぼっち」の少年時代でしたが、ちょっと違う気持ちがあります。

僕は、
「ともだちなんかいなかった。そう思える人はいなかった。だから 好きではない子ばっかりだった。
ぼくはよそものだったから。
だから。。。。いなくなりたかった。いなくなっても誰も困らない」

こんな気持ちでした。
でも、しんでしまいたい、とは思いませんでした。
はやくこの村を抜け出したい。誰も知らないところへ行きたい。
と思っていました。
今回、そのときの気持ちを書いたエッセイをあるコンテストに出しています。
なので、またこの本を読み返したのです。

でも、僕が知らなかっただけで、この抜け出してきた故郷の村の同級生が、応援してくれていたのです。
Yさんが、偶然新聞で僕のエッセイを読んで、新聞社経由で手紙を頂き、50年ぶりのやり取りが始まったのです。
いまでは何人かが応援してくれているそうです。
そんな彼女が教えてくれた絵本でした。
僕は大切に持っています。

最近、子供たちが自ら命を絶つことも耳にします。
でも僕のように、両親の顔を知らなくてもここまで生きられるんです。
登場人物の「ぼく」みたいな子が、少しでも減りますようにと祈ります。

生きていると、辛く、苦しいかもしれません。
でもそれを経験しながら成長することが、生きる意味だと思います。
よく見れば愛してくれている人もいるはずです。
決してしんではいけません。




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エッセイ作品⑭ 「体験入隊」

このエッセイは昨年、あるコンテストに応募したのですが、残念ながら落選しました。
でも、またリメイクしてどこか応募するつもりです。


「体験入隊」

二年ぶりに三人の孫を連れて息子一家が帰ってきた。
マゴラ―たちが走り回り、大声で叫び、泣く。
それをたしなめる声。
懐の深い妻がいればこの喧噪を喜んだだろう。
私は引き気味だ。
もうすぐ小学生の長男と四歳の長女が「爺ちゃん、あそぼ」と持ってきたのはピカチュウのゲーム。
ハイチュウなら懐かしいがピカチュウは口にしたことがない。
娘に相手を頼むと、二度と爺の傍へは来なくなった。
夜には町内の夏祭りがあったので二人に、「お祭り行こか」と誘うと、「いやゲームがいい」と一蹴された。
ゼロ歳の孫は抱こうとすると、ギャン泣きしてしまう。
とうとう最後までダメだった。 
爺は、君たちと本を読んだり散歩をしたり、公園で遊びたかった。
でもそれは叶わず、しかも君らのあいだの流行りものがわからない。
妻ならどうしたかと思うことばかりだ。 
その妻が他界したとき、息子が「一緒に住む?」と言ってくれたことを思い出した。
「いや」と断ったが気持ちは嬉しかった。
だが、もしあのときから一緒に暮していたら、今頃ボロボロに疲れ果てていたのだろうか、それともピカチュウで仲良く遊ぶ日々だったろうか。 
今回のマゴラ―襲来の三日間で、この爺は体験入隊できたのかもしれない。



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私に喧嘩を売ってるのか!

お騒がせ日産!
またやらかしたようです。
日産、下請法違反で公取委から勧告 36社に計30億円を不当に減額 下請法違反では過去最高額
減額の総額は30億2367万6843円で、下請法違反としては過去最高額。
2021年1月~23年4月までの間、タイヤやホイールなどを製造する下請け企業に対し、原価低減を目的に下請け代金を減額していたらしい。自動車業界で発生した下請け企業に対する減額で、公取委が勧告・公表した事案は日産を含めると14件となる。

この下請法。
そもそも裾野が広い自動車産業をねらって作ったのかと思うような法律です。
下請け叩きは許さない、という法律です。
僕も当時は、叩かれる側の企業にいて(自動車ではない)、コンプライアンス担当役員だったので講習会も全部出て、かなり勉強をさせていただきました。
そして
そして!!!
平成27年度の公正取引委員会が募集した、下請法のキャンペーン標語

特選作品
押しつけず 叩かず 決めよう 適正価格

これは、そうこれは、この穂高さまの作品なのです
(名前の入っている媒体はネットに残っていますが、ここでは省きます)
アハハハ!


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正義の味方、中小の味方、公取さんとはいろんなことでよく相談しましたし、勉強も、情報提供もさせて頂きました。
この標語は、その公取や中小企業庁、その他の政府機関から、いろいろな媒体でPRされました。
思い出深い作品です。
(おまけに実はもう一度入選しています)

だから今回は、余計びっくりしました。
僕が現役のころから公取は、この下請法で全国で講習会を繰り返し、警鐘を鳴らし続けていました。
とっくに是正しておかなければ摘発は明らかです。

日産は何とノー天気な!
経営陣、顧問弁護士も辞職したほうがいいのではないでしょうか。
こんな僕でも知っていることを未然に防げなかったのですから。
そして、公取さんと一緒に下請け苛めをしないキャンペーンに取り組んだ者として

「日産よ、私に喧嘩を売っているのか!」と言いたいのです。

そして、今日はあの会社、下請け業者に「草むしり」強要 公取がビッグモーターを勧告へ 
下請法違反にあたると認定されるニュースが出ています。
下請けに草むしりさせたとか。町内会の清掃奉仕じゃあるまいし。。。あきれます。

でも、この会社だけはもう何をやっても驚かない、「コンプライアンスなどくそくらえ!無敵だ!という会社」なので別格ですが、日産はいけません。
日本の恥になります。
自動車産業はほんとに腐っているようです。

ォ━━(#゚Д゚#)━━!!



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エッセイ作品⑬ 「三度目はアプローチから」

2019年の1月、産経新聞が「恋文」というテーマで、600字のエッセイを募集していました。
大阪・あべのハルカスで「フェルメール展」を開いていたからです。
僕は16日に妻を失ったばかりでした。
夕焼けエッセイのテーマ募集は珍しく、それも恋文。
すぐに書いて応募しました。
すると2月21日の夕刊1面に載りました。
何もする気が起きず、そんなときに初めて書いた、妻を恋うる600字のエッセイです。



「三度目はアプローチから」

妻の誕生日まであと半月。
でもそこまでは無理らしい。
以前、「向こうでもまた結婚してほしい」と二度目のプロポーズをしたが「こんな苦労と病気ばかりの人生はもういやや」と振られてしまった。
病気で休学、姑で苦労、私の長期単身赴任、そしてこの病気。
亭主に懲りたのではない、この人生の続きが嫌なだけだと自分勝手に解釈したが、怖くて三度目は口にできないままだった。
チャーミングだった頬もヒップも痩せ細った妻は末期ガンの患者。
必ずしも逝くわけではないと思っていたが、数度の手術や厳しい副作用に耐えても再発転移を繰り返し、もう現実から目を背けてはいられなくなった。
三十八年間同じ道を歩んできたのに、この先は否応なく別々のバスに乗らねばならない。
追いかけるから旅の続きを一緒にとの願いを口にしたが、いきなりプロポーズした強引さも裏目に出たのかもしれない。
でも諦めるわけにはいかない。最高の女性なのだ。
命の灯が消えかけた日、子供たちに提案した。
それぞれの願いや思いの手紙を書き、それを納めた六十五本のバラの花束を棺の母に抱かせ、少し早い誕生日を祝って送り出そうと。
子供たちは感謝の言葉が多かったようだ。
 私は
「大好きな君へ。初めて会った奈良公園で、あのときの笑顔で待っていて下さい。改めてデートからお願いします」
 と、ラブレターを書いた。
今度こそもっと大切にして必ず幸せにするために、許されるなら出会いからやり直したいからだ。



ママ

奈良公園・飛火野でベンチに座る妻です。



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哀しみは海に似て

ちょっと気になる言葉がありましたので、調べてみました。
「ヘタレ」「へたる」です。
大阪弁、つまり大阪の方言だと思っていましたが、調べると標準の俗語なんですね。
関西芸人がよく使う「ヘタレ」は、意気地なしと言う意味が強いようです。
僕は自分でヘタレだと思っています。

僕の育った田舎には面白い方言がたくさんあります。
たとえば
「あそこの婆さんは、最近、顔を見んけど元気にしとるんか?」
「何言うとんじゃ! こないだ『ほてこんだ』がな!」

「こないだ」は先日、「ほてこむ」は、亡くなるということです。
昔、年寄り同士の会話にはよく出ていて、「こんだ」の部分が、別世界に行く穴にでも落ち込「んだ」というニュアンスを感じて、当時の子供たちも笑っていました。
(我が妻子はこの話をすると腹を抱えて笑います。ユーモラスだと)

40代~50代は友人、知人の肉親の訃報が多く届きました。
でも60代になると、友人、知人そのものの訃報が届いて、思い切り驚きます。
70台になった今は正直、気持ちの上では毎日、死と隣り合わせ感が半端ではありません。
ヘタレですから怖いのです。
死よりも、その直前の苦しみや痛みが怖く、ジタバタして無様な自分になるのが怖いのかもしれません。
しかし、老いたからと言って、そんなことばかり考えていると、今日という日が無為に終わってしまいます。
死を迎えるのは、いま生きているからです。
へたってこようが何だろうが、いまはまだ、生きていることをまず感謝し、明日の心配をする前に、今日を大切に過ごしたいと思っています。
もちろん、「ほてこむ」ことは悲しく怖いことですが、誰もが行く道でもあります。

『子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの、
来た道行く道二人旅、これから通る今日の道、通り直しのできぬ道』

人生という道はこの通りだと思います。
でも一人旅になったときに、本当の生きざまを問われます。
もう頼る人はいないのです。
父母もいつかは失います。仕方ありません。
残された者には、悲しみは決して癒えないと思います。
哀しむことはヘタレでもなんでもありません。フツーです。
哀しみの涙は伴侶や父母への感謝の証でもあると思います。
その哀しみを道連れにして、再び旅を続けられるようにならねばいけません。
そうでなく、いつまでも座り込んでいる人が本当のヘタレです。

唐突ですが、
肉親をすべて失って生きてきた僕は、海が大好きでした。
広く大きい海。
人間なんてちっぽけなもので、哀しみも寂しさも、すべて飲み込んでしまいます。


「悲しみは海と似ています。波のように寄せては返す。時にはとても平穏だけど、たまに激しくなってしまう。
 私たちにできることは、泳げるようになることだ」
──Vicki Harrison

いろいろなことを思い巡らせていると、わけのわからない話になってしまいました。
お許しを。

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写真は故郷の海です。お借りしました。



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星を投げる人

米国の作家、ローレン・アイズリーの「星を投げる人」という有名なエッセイで、大好きなので紹介します。



「星を投げる人」

ある朝、海岸を散歩していると、ひとりの老人が海に向かって何かを投げていました。
「何をしてるんですか?」
「ヒトデを投げているんだよ」
見ると、見渡す限り、無数のヒトデが砂浜に打ち上げられているではありませんか。
やがて、干からびて死んでしまうでしょう。
「こんなにたくさんいるのに、何の足しにもならないですよ」
老人は、ヒトデをもうひとつ拾いあげた。
「そうかもしれないね。でも… このヒトデは助かったよ」
そう微笑んで、ヒトデを海に向かって投げた。


この有名な話は、いくつものバージョンがあり、本邦では社会学者の橋爪大三郎さんが
2017年、日経新聞に「少年バージョン」でエッセイとして書きました。
とても短いお話ですが、僕は、
環境問題として捉えるもよし、ウクライナとロシアの戦争問題として捉えるもいいと思いました。
能登の地震被害にあわれた方々、そこへ駆けつけているボランティアの方々を想うもよしです。

ややもすれば、問題が大きすぎて途方に暮れてしまいそうな私たちに、
些細なことでも、こうする意味をいかけ、見ているだけではいけないと勇気を与えてくれると思いました。
身近なところで、私たち1人1人が、このお話に出てくる老人や少年のような思いを持って行動すれば、きっと未来は変わるはずです。
いいお話ではないでしょうか。

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エッセイ作品⑫ 「要らぬ心配」

2018年の秋、産経新聞夕刊の第一面、夕焼けエッセーに掲載され、翌月、月間賞候補としてイラスト入りで再掲された作品です。
これを読んで笑っていた妻をなつかしく思い出します。


要らぬ心配

リタイア間近だったが、まだ現役サラリーマンのとき。
突然ネクタイが結べなくなった。
いつもなら、鼻歌交じりで無意識に手が動いてくれるのだがその朝は、あれおかしいなとマジに考え始めるともういけない。
パニックになると余計わからなくなる。手が突然止まってしまった。
40年以上締めてきたネクタイ。
昭和の企業戦士は、これを締めると背筋が伸びて仕事モードのスイッチが入る。
当時の会社はまだネクタイ必須だった。
ネットで検索してなんとかなったが、思えば高齢者の運転と同じで、今までは無意識でしていた操作や手順が突然わからなくなったり、間違えたりするのはこういう感覚かと、まじまじと実感した。車なら大変だ。
心配なのはこれが度忘れにすぎないのか、それとも病気なのかである。
ところが翌日には何とか結べた。
手がその段取りを思いだしたのだ。度忘れでよかった。でもこのことは家族には言っていない。要らぬ心配をされるだけだから。
絶滅危惧種のネクタイ。
改まった席ではまだ欠かせないようだが、普段付けない人は結び方を忘れないのだろうかと心配する。
リタイアして3年目。結び方を忘れていないか、久しぶりにネクタイを引っ張り出してチャレンジ。
見事結べたことに洗面所でニヤついていると、出勤前の娘とバッタリ。
「ギャ~!お父さんがおかしくなった」
連日猛暑の朝。
いつもの短パンとTシャツだけで首にネクタイを巻いて、ドヤ顔をしていたことに気付いた。


1ケ月後に再掲された紙面です。
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反省点:タイトルは、ソフトに「心配ご無用」とすべきでした。


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さよならのあとで

3月1日の金曜日は大学病院で4ケ月ぶりの膵臓の精密検査です。
10年以上診てもらっていますが、いまのところは変化はありません。
ありがたいことです。
毎朝、隣の部屋の妻にお礼を言ってます。
そうです。
妻は隣の部屋にいるんです。

ヘンリー・スコット・ホランドの詩、「さよならのあとで」のとおりです。
発行人は、わずか24行にしかならない英語詩を日本語訳し、見事な本に仕上げ、大切な人を亡くした心にそっと寄り添ってくれます。

「さよならのあとで」

死はなんでもないものです。
私はただ となりの部屋にそっと移っただけ。

この言葉から始まります。
そして次の言葉で終わります。

私はしばしあなたを待っています。
どこかとても近いところで。
あの角を曲がったところで。
すべてよしです。
(原詩 All is well)

人は誰でも死別を経験します。
親しい人、ときには、自分の命を失っても守りたいと思うような人とさえ、別れます。
それは人生をいきていくうえで、一番つらい出来事です。
誰かの言葉や、匂いや、音や、光や、空気や、風や、すべてのことが、その人の不在を静かに告げます。
私はもう二度と立ち直れないのではないか。
何度も何度もそう、思います。
けれど、私たちは思い出すことができます。
いつも座っていた椅子、読んでいた本、履いていた靴、微笑み、声。
その人がどれだけ私のことを愛してくれていたのか。
ときには自分より大切な人を失って悲嘆にくれるとき、
その人がどれだけ私のことを愛してくれていたのか。
そのことに思いをはせたとき、人は再びゆっくり立ち上がれることができるのだと思います。
(『あとがきにかえて』から)



わが家で妻は2階に寝ていましたが、起きている間はいつもLDKにいました。
テレビを見て笑い、孫の動画を見て喜び、一人刺繍をしたり、僕とコーヒーを飲んだり。
でも、そのリビングから、となりの8畳の和室に移っただけなんです。
今も、庭に咲いた小花を飾った和室で微笑んでいます。
そして僕は妻のおかげで元気に過ごしています。

「お父さん、病気になったらあかんよ、苦しいんやよ。節制して元気に過ごさなあかんで」
妻は不摂生ではありませんでしたが、闘病の辛さ、苦しさを僕に身をもって示しました。
悪性腫瘍や虚血性心疾患になれば、僕も仕方ないとあきらめます。
でも生活習慣病だけは自己責任です。
子供たちに迷惑をかけることになるといつも言ってました。
僕は調子に乗るとお酒を飲みすぎたりして、妻によく注意されました。
たぶん、いま妻の一番の心配は、それだろうと思います。

朝は5時20分に起き、娘の朝食を用意し、送り出し、ラジオ体操したり、公園で朝陽を浴びてストレッチ。
それから一日を始めます。
不幸せ、妻が目の前にいないからつまらないという気持ちは少なくなりました。
妻は隣の部屋に居て、僕と一緒に一日を送っているのですから。
でも夜は天国のご両親の元へ帰っていきます。
2階で寝てはいませんし、和室にもいなくなります。
だから僕は、自分の部屋に行くとき、和室の妻に「おやすみ」と言って、灯明を消します。
朝までは天国で優しいご両親と眠っているはずです。

そんな境地になっています。
寂しいんですが、これからも耐えられそうな気がします。
何度も言いますが、幸い元気で、呆けてもいないようですから。
老いて、思い出を巡って楽しむ以外に、何の幸せが必要なのでしょうか。

『いつも通りに人生を送り、今までと同じように私の名前を呼んでください。
微笑みを忘れないように。
今までのように。。。』と、ホランドも言ってます。

この本には、そんな、まるで妻が僕に言っているような言葉が並んでいます。
はじめて読んだ時、重く沈みがちになる心が、ふっと軽くなり、
明日から、一人で空を見上げ、町角を見ても、ため息ではなく笑顔になれる気がしました。
でも、やっぱり明るい朝がいいのです。
この本を読むのは。(^^♪

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さよならの前に

政府は少子化対策の一環で家族の日を設けて、様々なイベントを催しています。
その一環の手紙・メール募集に応募して2度、優秀賞(2位)を頂きました。

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この作品が評価されたとき、闘病していた妻はまだ元気で、とても照れた笑顔を見せたことを覚えています。
僕も照れました。笑
手紙文なのでエッセイではありません。

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両端が、内閣府から頂いたクリスタルの盾です。
桐の紋章が立派です。

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さよならの前に、二人で喜んだ公募作品でした。


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昭和の迷惑

パワーハラスメントが日常化していると、マスコミで報道されている福岡県のある市長。
百条委員会まで開かれたようですが、その内容が公開され、あきれ返りました。

僕とほぼ同じ世代が失敗を繰り返すハラスメント。
情けない限りです。
しかも「私は昭和の人間」といい放ち、昭和世代はしかたないんだと言う意味の弁解をしたようです。
特に女性蔑視について。

このジサマは僕より3歳上だけ。
「昭和」世代は、女性蔑視やパワハラをするものだという言い訳には、納得も理解もできません。
昭和初期や明治世代は、確かに家庭内では威張りくさり、今のハラスメントに匹敵するような言動も多かったでしょう。
僕の祖父も議員でしたが、堂々と妾を持っていました。
あの時代でしたから。
それこそ世代が許したのです。
でも戦後昭和の社会通念なんて、今とたいして変わりません。
なぜなら、戦後生まれの僕らがまだ、生きているからです。
大昔のことではないのです。
我々は、世代の手本にならなければいけないんです。
おのれの威張り腐った言動をごまかす言い訳に、昭和を持ち出すな、と思います。

あえて言えば、戦後の男性は女性にモテたいと言う不純な動機からか、外ではいい「ツラ」をし、女性には優しく、むしろフェミニストを自称する男性が多くなりました。
だいたいジジイは汚い、臭い、羞恥心がない、かわいくない。なのに強がってはいけません。
奥さんに聞いて下さい。どう見えてるか。

穂高作川柳。 「付いて来い 言ってたオレが 連れていけ」
仕事を辞めれば、どうせこうなるんです。
いまは、かわいがられるジジイを目指しています。
えらそうにすることだけは避けないとモテませんし、家庭内でも妻子に「家庭内別居」をされます。
僕や友人たちは、こんな価値観で一致してました。
だいたい女性はカヨワイ。いつまでもカワユイし、オヤジより清潔だ。だから守りたいし、大切にしてあげたい、と。
もちろん、それも口に出してはいけないのでしょうが。いまは。

口にも態度にも出す、ダメな昭和ジジイの代表男のようなこのオヤジや、元明石市長が大嫌いです。
(いまは気色の悪い笑顔でテレビに出ていますが)
僕の家内も公務員でしたが、公務員は民間より遥かに男女同権が進んでおり、心情はともかく公式な場所では言ってはいけないことを、このオヤジは言いまくったようです。
単に地方行政の首長になって、天下を取ったように勘違いしているだけでしょう。
そもそもこんなジジイは損をしてるんです。
うまく手のひらで踊ってもらえば、みんながハッピーで効率があがるんです。
怒鳴って、威嚇して何が得られるんでしょう。

ハラスメントに無知でわがまままみれのジジイに限って、自分の言動をなぜか「昭和」のせいにする。
逃げるな!卑怯者!と言いたいのです。



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プロフィール

穂高

Author:穂高
「わたしのことをいっぱい書いてね。お空の上から読みたいから」と言って虹の橋をひとりで渡って行った妻はまだ64歳でした。これからというときに。憎いのはガン細胞です。
 その後、妻との約束通りエッセイなどを書いて公募へ投稿している74歳の爺ちゃんです。温かく見守って下さい。


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エッセイの主な賞歴
このブログで紹介させていただいた作品は削除していきます。

★第20回高橋手帳大賞 大賞
2016年10月19日。東京・帝国ホテルでの表彰式。今は亡き妻とともに出席した。66歳で初めて書いた短文。
夢を叶える第二の人生はここから始まった。

★第3回橋本五郎文庫賞 入選
★第7回志布志エッセイコンテスト 企業特別賞
★北野財団 第39回懸賞論文 第2席(東京・ホテルオークラに妻と出席)
★第5回藤原正彦エッセイコンクール 優秀賞
★2018、2021年愛顔あふれる感動のエピソードコンテスト入選
★第4回生命を見つめるフォト&エッセー 審査員特別賞
★第5回徒然草エッセイ大賞 優秀賞
★2021年四国新聞 読者随筆 年間最優秀賞
★第35回「働くって何だろう」エッセイコンテスト 勤労青少年躍進会理事長賞
★第19回下田歌子賞佳作、第20回優秀賞、第21回佳作 (3年連続入賞)
★第29回 随筆春秋賞 入選、同時に2024年1月、同人誌随筆春秋の会員となる
★第1回美郷文芸エッセイ賞 優秀賞
★第20回愛するあなたへの悪口コンテスト

(太字は2024年の賞歴です)

★産経新聞「朝晴れエッセー」2018年以降18回掲載
★四国新聞「読者文芸 随筆」2018年から3年(限定)で6回掲載
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